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2010.12.08

運用不可能な条例案

今回の都条例改正案の中にこういう一文があります。

『漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの』

私には「不当に賛美」または「不当に誇張」なのか、「不当に賛美」または「不当でなくても誇張」が対象なのか分からないのですが、法学の世界ではこのテキストで弁別可能なのでしょうかね?
(近親相姦を一切の誇張もボカシもなく、正確に描くのはOK? そもそも「正当な誇張」って何? 個々の人間が異なる人格と肉体を持つ以上、誰の目にも誇張や歪曲を感じられない規範化された性行為というものはナンセンスですけどね。この手の「健全」の裏には、人間の多様性を認めず、規格化しようという臭いを感じてしまいます)

さて、この条文は漫画やアニメなどを狙い打ちにしていますが、だからこそ理不尽で非実用的なものである事を指摘しましょうか。
「過去や外国、架空世界など、倫理も法規も異なる舞台でのフィクション内に、日本の現行法を当てはめる馬鹿馬鹿しさ」は既にあちこちで述べられていますので、私は別な切り口から。

中野ZEROのシンポジウムでは、出席した都議会議員から個人的見解として「通してもいいのではないか」という意見がありました。今回の条文は単純に付箋をつけて当該シーンをチェックするだけでなく、規制する側が作品内容を理解する事を求めているから、というのがその根拠のひとつだそうです。
ざっと500種(!)を越える漫画雑誌(「漫画が掲載されている雑誌」を含めるともっと増えます)を業務として精読して個々の作品内容を把握する事が物理的に可能かどうか、そのコストは妥当かという問題は、敢えてひとまず棚に上げましょう。

多くの漫画は「雑誌連載」の形態で流通しています。
ここである雑誌のある作品のあるエピソードにおいて、例えば「近親相姦を賛美するような描写」が存在したとしましょう。
しかし、それは後に「近親相姦の悲劇性」「不道徳性」を強調するための「一端持ち上げて落とす」プロセスなのかも知れません。言うまでもなく、あらゆる形式のストーリーフィクションにおいてこれはありふれた技法です。
さて、その「一見賛美した描写」が「実は否定するための前フリ」であるのが確定するのはいつでしょうか?
次号? さらに次の号? それとも一年後?
作品内容を充分に吟味して判断するという方針を尊重するのであれば、最終回までは手を付けられません。
そして連載の完結を待たねば何もできない、あるいは読み切りや書き下ろし単行本などしか対象にできないとしたら「規制」としては有効性ゼロのザルです。
じゃあ結局「不当に賛美」などというのは全く無意味なおためごかしの文言で、近親相姦を含む当局の意に沿わない描写があったら全部アウトにするしかない、してもいいという判断になりませんか?

即ち、この条例案は「額面通りの精神に則って適切に運用するのは事実上不可能」であり「恣意的な拡大解釈、悪用はいくらでもできる」というものなのです!
そもそも個別のフィクションの作品内容に踏み込み、道徳性・倫理性などを判断して流通を差し止めたりするという行為自体が極めてデリケート、いえ、はっきり言えば危険な事です。フィクションは「誰もが正確に、同一理解に至る事」を目的とする論文や辞書などとは違い、解釈や喚起する感情の多様性を前提とするものですから。それを担当者の倫理観だけで吟味し選別する事の妥当性は保証され得るのでしょうか?

繰り返します。
悪用しかできない法律や条令を制定する意味は、意図はなんですか?

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