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2010.12.15

可決してしまった

件の東京都青少年健全育成条例改正案が、多くの署名も、陳情書も、コミック10社会の抗議表明も、全て無視する形で可決してしまいました。

ですが、今日が絶望の起点になってしまうかどうかは今後次第です。
どんな法も、体制も、永遠不変ではありません。
今回改正された条例を、より納得のいく形に再び「改正」する事も、「撤廃」する事も制度上可能なのです。
(だからこそ「異なる意見」を封殺するような言論・表現・内心の自由への侵害は、あってはならない事なのです!)

今回の改正案が適切に運用されるのか。拡大解釈されていないか。主張するような効果はあるのか。逆効果を生んでいないか。
一時の「祭」として盛り上がり、可決に打ちひしがれて無気力になるのではなく、きちんと今後も目を光らせていかなければならないでしょう。
この条例だけでなく、他のあらゆる政治的な動きについても。

とりあえず、商業活動をしているフィクション屋としては、変に萎縮したり自粛したりせず、書くべき事をきっちり書き続けるつもりです。
私が携わるライトノベルは形式は小説であっても、内容や購買層は「名指し」されているマンガやアニメに近いものですし、少なくとも私はそれを誇りに思っていますから。

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2010.12.13

正当な賛美

前回は「改正案の条文を、額面通りの精神に則って運用するのは事実上不可能である」という主張をしましたが、今回は「不当に賛美」という語句の問題点、欺瞞性について更に踏み込んで考えてみましょう。

「不当に賛美」した表現を問題視するという事は「正当に賛美」するのなら構わないという事になります。そうでないのなら「不当に」などという形容は批判の矛先を鈍らせるための無意味な装飾という事になりますからね。

では、ひとつの思考実験をしてみましょうか。
「共に成人し、それぞれの夫と結婚している姉妹。両夫婦はそれぞれ愛し合っているが、欲望の強さの非対称性などの問題で、妻たちは性的に満たされない。そのため四者の完全な合意の上で姉妹は同性愛的な関係にも至っている。あくまでも肉体的な欲求不満を解消するための遊戯であり、夫婦間の愛情とは別物。おかげで家庭生活も四人それぞれの社会生活も円満。四人の信頼と相互理解、思いやりに基づいたこういう関係は素晴らしいものだ」
こういうストーリーを『漫画』にし、高校生程度も読者に含まれるヤング誌に掲載。性行為そのものの描写は一般誌でギリギリ許容されるレベルに留めたとしたらどうでしょう?
(しかし何で「実写は除く」なんでしょうね? 漫画は誰でも同じ理解に至るというのなら『あしたのジョー』のラストシーンは何なのでしょう?)

同性で、近親で、肉体的快楽だけを求めた既婚者の婚外関係と、いわゆる「モラル」の側からすれば許し難い性行為のオンパレードを「正当に賛美」するストーリーです。
充分な判断力を有した成人同士の完全な合意で、被害者も迷惑してる人もいません。登場人物全員がメリットだけを享受しています。そんな波乱や葛藤の薄い物語は面白くないでしょうが、まあ思考実験のためですからご容赦を(付け加えれば、このプロットから「同性」の部分を除いて「合意の婚外関係」を結ぶのが「姉妹」ではなく「兄姉」にしても本質は変わりません。その場合は「万全の避妊」というファクターが追加されます)。
しかしここで例示した通り、「不当な賛美」と「正当な賛美」という区別があるのなら、一般的なモラルから逸脱した性関係・性志向を「正当に賛美」する事は可能であり、あり得る事なのです!
(ついでにいうと、日本の法律で認められないのは「近親者の婚姻」「同性の婚姻」であって「近親者の性行為」「同性の性行為」ではありません。もちろん一定年齢未満の者が相手だったり、暴力的に強要したりと、近親者であるか否か、性別が同じか異なるかに関わらず違法な性的関係があります。今回の改正案は「刑罰法規に触れる」と「婚姻を禁止されている」を同列に並記している点もいやらしさを感じます)。

もちろんこういう関係性を好ましく思わず、私がどう主張しようとこれが「正当」とは納得できない人もいるでしょうね。
ここで問題は根本に立ち戻ります。
「不当な賛美」とは何なのでしょう?
「不当に賛美」という語句を用いるという事は、ある「賛美」が「正当」か「不当」かを判断可能、判断すべしという前提に立っているという事に他なりません。
それは単に表現の自由に留まらず、ある価値観や思想信条が「正当」であるか否かを法で規定するという恐ろしい危険に直結しているのです!
ある種の『行為』が法的に制限されるのには一定の妥当性があるでしょう。
しかし価値観などの『内心』に法は干渉すべきではありません。

「不当に賛美」という、今回の改正案で追加されてる語句は、規制の対象を明確にするためのものではありません。
より根本的な人間の自由を、尊厳を、恣意的に侵害するための入り口になるものなのです。
こんな条文そのものの見直しをしようとせず、口頭の説明で「この作品は大丈夫」「濫用はしない」と言われても納得はできません!

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2010.12.08

運用不可能な条例案

今回の都条例改正案の中にこういう一文があります。

『漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの』

私には「不当に賛美」または「不当に誇張」なのか、「不当に賛美」または「不当でなくても誇張」が対象なのか分からないのですが、法学の世界ではこのテキストで弁別可能なのでしょうかね?
(近親相姦を一切の誇張もボカシもなく、正確に描くのはOK? そもそも「正当な誇張」って何? 個々の人間が異なる人格と肉体を持つ以上、誰の目にも誇張や歪曲を感じられない規範化された性行為というものはナンセンスですけどね。この手の「健全」の裏には、人間の多様性を認めず、規格化しようという臭いを感じてしまいます)

さて、この条文は漫画やアニメなどを狙い打ちにしていますが、だからこそ理不尽で非実用的なものである事を指摘しましょうか。
「過去や外国、架空世界など、倫理も法規も異なる舞台でのフィクション内に、日本の現行法を当てはめる馬鹿馬鹿しさ」は既にあちこちで述べられていますので、私は別な切り口から。

中野ZEROのシンポジウムでは、出席した都議会議員から個人的見解として「通してもいいのではないか」という意見がありました。今回の条文は単純に付箋をつけて当該シーンをチェックするだけでなく、規制する側が作品内容を理解する事を求めているから、というのがその根拠のひとつだそうです。
ざっと500種(!)を越える漫画雑誌(「漫画が掲載されている雑誌」を含めるともっと増えます)を業務として精読して個々の作品内容を把握する事が物理的に可能かどうか、そのコストは妥当かという問題は、敢えてひとまず棚に上げましょう。

多くの漫画は「雑誌連載」の形態で流通しています。
ここである雑誌のある作品のあるエピソードにおいて、例えば「近親相姦を賛美するような描写」が存在したとしましょう。
しかし、それは後に「近親相姦の悲劇性」「不道徳性」を強調するための「一端持ち上げて落とす」プロセスなのかも知れません。言うまでもなく、あらゆる形式のストーリーフィクションにおいてこれはありふれた技法です。
さて、その「一見賛美した描写」が「実は否定するための前フリ」であるのが確定するのはいつでしょうか?
次号? さらに次の号? それとも一年後?
作品内容を充分に吟味して判断するという方針を尊重するのであれば、最終回までは手を付けられません。
そして連載の完結を待たねば何もできない、あるいは読み切りや書き下ろし単行本などしか対象にできないとしたら「規制」としては有効性ゼロのザルです。
じゃあ結局「不当に賛美」などというのは全く無意味なおためごかしの文言で、近親相姦を含む当局の意に沿わない描写があったら全部アウトにするしかない、してもいいという判断になりませんか?

即ち、この条例案は「額面通りの精神に則って適切に運用するのは事実上不可能」であり「恣意的な拡大解釈、悪用はいくらでもできる」というものなのです!
そもそも個別のフィクションの作品内容に踏み込み、道徳性・倫理性などを判断して流通を差し止めたりするという行為自体が極めてデリケート、いえ、はっきり言えば危険な事です。フィクションは「誰もが正確に、同一理解に至る事」を目的とする論文や辞書などとは違い、解釈や喚起する感情の多様性を前提とするものですから。それを担当者の倫理観だけで吟味し選別する事の妥当性は保証され得るのでしょうか?

繰り返します。
悪用しかできない法律や条令を制定する意味は、意図はなんですか?

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2010.12.07

中野から帰還

だけど、シンポジウムの内容についてはまだきちんとは書けません。
何故なら、メインホールからあぶれた第二会場の方ではニコ動が重くて生中継できず、冒頭の40分くらいはまるっきり情報なし、その後も最後まで音声だけだったからです。
同じ会場内、ほんの数メートルしか離れていないのに(苦笑

教訓:一種類の手段や情報経路だけに依存するな。今回の条例改正反対運動全体においても。

あ、とりあえず最大の笑いどころは山本弘さんが紹介した石原都知事の過去の著作でしょうか。
何しろその中では「子供の目からヌードを隠すな」「子供が何を読むかをいちいち大人が選別するな」とか主張し、実践していたそうですから。
もしも石原都知事のご子息がことごとく現在どうしようもなく堕落して犯罪的な人間であるのならば、今回の改正案に一定の妥当性があるという証拠になりますかね?

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2010.12.06

「『非実在青少年規制』改メ『非実在犯罪規制』へ、都条例改正案の問題点は払拭されたのか?」

http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2010/11/post-8546.html

今日、こういうイベントがあります。私も会場まで足を運ぶ予定。
今回の改正案「とにかく通す」事を目的としているようで、条文は非常に曖昧で「非実在青少年」のような「わかりやすく問題になりそうな語句」を避けている反面、恣意的に拡大解釈されるという点では前回以上です。

いちいち「実写を除く」という断り書きが頻出しているのは、実際に青少年が被害に遭っている「実写の」性的な搾取や暴力に関しては現行法で充分に対処できる事を自覚しているという事です。
その上で「フィクションの内容そのもの」「風紀」、すなわち人間の「行為」ではなく「内心」を取り締まりたがっているのが、今回の改正案文面からは伺えます。

トップにも明記していますが、このような条例には断固として反対を表明します。

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