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2010.03.15

「東京都青少年健全育成条例改正案」に関する、個人的な覚え書きみたいなもの

*「ある表現」を、明文化されない基準で違法扱いできる事が根本的に問題。口頭で「あれは大丈夫」「これはセーフ」という説明を受けても、条文そのものが曖昧でいくらでも恣意的に判断できる以上は問題は変わらない。

*「〈悪質な〉フィクションから子供が悪影響を受ける事はない」という立場を、少なくとも私は取らない。それは「〈良い〉フィクションが良い影響を与える事」も同時に否定する事になるから。
現実とフィクションは相互フィードバック系であり、互いに影響を与えあっている。それは『キャラふる♪』や『星になり損ねた男』で描いた事である。
我々はフィクションという抽象化され濃縮された「他者の人生」に触れる事によってより効率的に社会化されている。自分ではない、性別も年齢も生活史も異なる人間の気持ちを考える事ができるようになる。もちろん、この事だけがフィクションの効能や存在意義ではない。

*しかし、相互フィードバック系と言ってもほとんどの物事は現実を起点・源流とし、フィクションを通じて再構築され、現実に影響を与え、さらにそれがフィクションに……というサイクルをたどる。
「青少年を性の対象として見ること」はマンガ、アニメ、その他オタク文化特有のものなのか?
勿論否。これも先に現実が存在する。
「若く(そして美しい)肉体を賛美する」「青春を賛美する」という文化は広く根ざしており、その事を問題視する人は少ないが、この価値観そのものが「その若い肉体とは、性に目覚める時期である」という要素を内包している事について自覚的に述べる人は少ない。
何よりも、実際に法的には未成年であっても多くの人間は十代前半~半ばで「性行為可能な現実の肉体」を手に入れてしまうのだ。
大半の人間の性欲そのものが、その人間自身の思春期・第二次性徴の記憶と分かちがたく結びついている以上、「思春期の少年少女を性的な対象として見る文化」を根絶・管理する事はSF的なディストピアでもない限り不可能。
「実在」する人間の肉体が「そういうもの」である以上、「非実在青少年」とやらを規制する事に意味はあるのか?
必要なのは各々が「より善い」と判断する価値観を与え、自制心や倫理観、他者への思いやりや共感能力を育む事だろう。そして多様な価値観が共存し、それぞれが理性的な判断の下に協調できる世界の基礎となるのが「表現の自由」ではないのか?

*上記した通り「実際に性表現(あるいはその他)を含むフィクションに影響を受けて、犯罪などに走る人間(青少年に限らない)」が存在する危険性を、私は否定しない。しかし、それは表現の自由を制限する根拠になりえないとも主張する。
敢えて誤解を承知で言えば、近代・現代の社会というのは、有用なものを活用した際に「確率的に起きてしまうトラブル」や「悪用可能なモノが実際に悪用されてしまった時のリスク」を全体が甘受し、吸収する事によって成立する。交通事故や珍走団が存在しても、自動車が自由に流通し、免許制度の下で各市民が使用できる利便性を優先するように。凶器として悪用されるからという理由で包丁やカッターナイフの販売を禁止できないように(「他者を害する手段」としてしか使えない銃器は、現に規制されている)。
いや、文化にとっての思想信条の自由やそれを支える表現の自由の重要度は、文明にとっての火にも匹敵する。「失火の危険もあります。放火に使う奴もいます。だから、マッチもライターも、いかなる可燃物も市民の自由や判断には任せません」というのはナンセンスであり、むしろ危険ではないか。

*「非実在青少年」を表現規制のターゲットにする事と、「実在青少年」の安全や尊厳を守り、性的な搾取を防ぐ事の間には関連性が極めて薄い。
とりあえず叩きやすいところを叩くというやり方は、問題の本質を見誤らせ、真に解決すべき問題から遠ざかる行為と言える。
本来の守るべき法益は何なのかを冷静に考えて欲しい。
漫画やアニメの首を絞めても、実際にポルノの被写体とされている子どもはひとりも救えない。

*いわゆるポルノグラフィ・フィクションに属するものに関して、レーティングやゾーニングの徹底は必要だし、可能。例えば書店やコンビニの雑誌売り場などはレンタルビデオ店ほどもゾーニングが実行されていない。
これはこれで実現には様々な問題もあるだろうが、効能が疑わしく副作用だけは明白な劇薬を一気に大量投与するより先に取るべき現実的な対策はいろいろあるはず。

*かつて「有害漫画問題」が起きた時、ある漫画家がこういう事を言っていた。
『親たちは我が子を〈純粋〉に育てようとする。だが、現実の世界が純粋無垢でない以上、子供を純粋に育てるという事は現実に対して傷つきやすく、適応できない、立ち向かえないように育てるという事ではないのか。大切なのは〈純粋〉な人間でいる事ではなく〈誠実〉な人間になる事だ』
全く同感。

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