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2005.09.08

劇場版・仮面ライダー響鬼

 こちらはちょっと残念というか、不満な出来でした。
 TVとの齟齬はこの際気にしませんが、それならそれで、番外編としてもっと痛快娯楽作に徹して欲しかったですね。
 井上脚本というのはフィクション的に綺麗に割り切れない微妙な感情のアヤを微妙なまま表現したり、「次はどうなる」という緊張と興味を作る事にかけては一品なのですが、それは描写の量的な積み重ねがあればこそ。やっぱりTVの連続モノ向きの人であって、映画の2時間あるかないかの中では、新規の登場人物の言動が理不尽になったり型どおりに見えたりするのですよね。今回のハバタキやトウキなんてその典型です。
 それに「TV本編でのメインヒーローが既に戦う意思を失っていて、現れた敵に立ち向かう映画オリジナルのリーダー格、最も積極的で好意的なキャラが実は敵に通じていて、内部のトラブルを誘発するために殺人を犯すも発覚。なし崩し的に敵味方の構図が確定する」ってプロット、去年と同じじゃありませんか?

「響鬼」のTV本編は昨年までのエゴとエゴのぶつかり合い、ルーティン化してしまったライダー同士の戦いを避け、「信頼できる正義」「安心して戦えるヒーロー」「悩まず倒しても構わない敵」を描こうという意図は理解できますし、序盤のムードなどは大好きです。しかし、それが行き過ぎて物語の中にドラマを発生させるべき対立や葛藤が乏しく「危険な自然現象としての怪物退治業界の淡々とした業務日誌」になってしまってるのではないかとも思います。
 映画で、魔化魍を普通の怪人っぽく描いたのは、その意味では正解でしょうね。
(誤解のないように言っておきますが、別に嫌な奴や悪意に満ちた存在を出せというのではありません。善意と善意の相克や、互いに正しいものの相容れにくい複数の立場の間での迷いや決心でドラマは作れるはずなのに、TVの「響鬼」はその点が淡白すぎるのです。避けたい要素を切り捨てるのには成功したけれど、それに代わる要素が不足しているというか)

 TVの方の路線変更も、なるべく冷静に見守りたいところですけどね。敢えて言うならば、2か月早く微調整の手立てを講じていれば、身体に悪そうなキツいカンフル剤を打たずに済んだのではないかとも思いますわ。

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